ミョウガでの売上が700万円あったのに経営で失敗!その理由は?

Tさんは、1997年に、高知市の開発公社で1年間の農業研修を受けた後、12アールのハウスでのミョウガ栽培で、新規就農します。

ミョウガ栽培を続けて6年目に、台風で被害を受け、ミョウガ栽培を断念。
現在は、12アールのハウスで、トマト・ルバーブ・パプリカを栽培しています。




Q.01 就農前は、どこに住み、何をしていましたか。

出身は高知市です。小学校までは高知市にいたんですけれど、その後は、東京のほうに行っていました。
農業を始める前は、東京でフリーターをしていました。



Q.02 家族構成を教えてください。

就農時には、独身でした。現在は、妻と、子供が2人います。



Q.03 栽培作物と、栽培面積を教えてください。

現在は、12アールのハウスで、主にトマトを栽培しています。今年栽培しているのは、トマトと、ルバーブと、パプリカです。

数年前まではミョウガをやっていました。そのときの栽培面積も、12アールのハウスです。僕がやっている土地は、基本的に12アールのハウスだけです。



Q.04 現在、何人で農業をやっていますか。

ミョウガをやっていたときは、夫婦2人でやっていましたが、現在は、僕1人でやっています。




Q.05 現在、農業収入は、どのくらいありますか。

農業売上は、去年は150万円くらいでした。そのうち、農業経費は、25万円くらいです。

それ以外に、人がやっている、ユズとか米の作業を手伝いに行っています。その収入が、年間50万円くらいです。



Q.06 現在、農業以外の収入は、ありますか。

僕は、農業以外にも、役場での夜勤の仕事をしています。
妻は、ミョウガ栽培をやめてからは、外に働きに出ています。そっちのほうで家計を支えているので、今は、ハウスは半分、遊びのような感覚になっちゃっているんです。

遊びというか、ミョウガのときに作った借金を払うために、続けているようなところもあります。ハウスのレンタル代や、農協に対しての重油代がたまっていますから。



Q.07 忙しい季節は、いつ頃になりますか。

ハウスは、常に忙しくないです。面積が12アールしかないですから。
アルバイトとしてやっている農作業は、ユズなら11月が忙しいです。米なら田植え・稲刈りのときは忙しいです。







Q.08 平均的な1日のスケジュールを教えてください。

大体、9時から17時まで、作業をしています。
なぜかというと、役場に泊まる宿直の仕事が、週に3日あるんです。宿直をやる日は、17時から、翌朝の8時半まで役場に泊まっているので、農作業も、そのスケジュールに合わせて動いているんです。



Q.09 現在、住んでいる家は、どのようなところですか。

一戸建ての市営住宅に住んでいます。もともとは、土佐山村の村営住宅だったのですが、土佐山村が高知市に吸収合併されたので、今は高知市の市営住宅です。

家賃は2万1千円です。部屋は、6畳が4つあります。




Q.10 農業を志したきっかけは、どのようなことですか。

僕は、出身は高知市なんですが、中学・高校は、東京の自由学園というところに通っていたんです。

自由学園での授業では、農業実習もありましたし、校内に牧場も畑もあったんです。学校の中で鶏や豚を飼って、生徒が飼ったものを食べたりもしていました。卒業して農業に就く人も、何人かいたんです。中学・高校と、そういう環境だったので、自然と農業ということを考えるようになりました。

もともと「食」ということには関心がありましたし、食べるものは、なるべくは自分の分かる範囲で作りたいという気持ちがありました。

それに加え、僕は、都会で就職しても、会社員としてやっていけるという自信が無かったんです。友達のお父さんが大企業の社長だったりして、そういう人の暮らしを見る機会もあったんです。そういうスーパービジネスマンは、たしかに輝いているし、頑張っていると思うんですけれど。僕にとっては、そういう仕事が面白いかといったら、面白いとも思えなかったんです。

僕には、朝7時に家を出て、夜11時に帰ってくるまで一生懸命働くという生活は、出来ないなと思ったんです。でも、そういう生活をしないと、都会では競争を勝ち抜いて、上にはいけないですよね。それは、辛いなと思ったんです。

東京でサラリーマンをやるのは、無理だなと思ったんです。だから田舎に暮らしたいと考えたんですが、田舎だと、基本的に、農業以外に職が無いんです。

農業は、自分で時間を管理できる仕事ですから、魅力的に思えました。そういう経験があり、農業をやろうと思ったんです。


 
Q.11 就農地として、高知県を選んだ理由は、どのようなことですか。

学校の先輩で、就農した人も何人かいるので、そういう人のところに見学に行きました。アルバイトしてお金をためて、全国の、先輩方の農場を見にいったんです。北海道の大規模な牧場も、見に行きました。でもやっぱり、雪で年間の半分は仕事が出来ないのはつらいなと思ったんです。

北よりは南のほうがいいなと思ったんですが、全く知らない土地に行くよりは少しは土地勘があるところがましかなと思ったんです。小学校のころは高知に住んでいましたから、高知県でやろうと考えていました。

どこでやるでも一緒だとしたら、住んでいた経験もあるし、何となくやりやすいだろうと思ったんです。



Q.12 就農地として土佐山村(現・高知市)を選んだ理由は、どのようなことですか。

当時、土佐山村の開発公社にいた方に親しくしていただいて、その方から土佐山村に来ないかと誘ってもらったことが、きっかけでした。

それと、もう一つの理由は、土佐山村で就農すれば、レンタルハウス制度が利用できたことです。当時、土佐山村は、ユズ・花・ミョウガで、全部で4億円くらいの売上があったんです。それも、魅力的でした。



Q.13 就農するにあたり、農業研修を受けましたか。

土佐山開発公社という、第三セクターの施設があるんですが、そこで約1年間の研修を受けました。

土佐山開発公社は、自分たちで作物も作っていますけれど、それよりも、農家に指導をしたり、作物を集めて生協とかに売ったりしている組織です。

研修として、野菜苗の育苗もしましたし、いろんな種類の作物を全体的に見ることが出来ました。土佐山村で作られている普通野菜は、ほとんど見ました。

ただ、これは開発公社という性格上、しょうがないんでしょうけれど、作物を作るのは、農家と比べたら下手なんです。開発公社の職員さんは準公務員扱いになりますし、自分がうまく作っても、下手でも、給料は変わらないですから。作物を作るのは、普通の農家さんのほうが、上手だと思います。

研修を始めて1年ほど経ったときに、土地とハウスのあてが出来たので、研修を切り上げて、独立・就農することにしました。



Q.14 就農する土地は、どのようにして見つけましたか。

土佐山開発公社で、真面目に研修をやっていたら、それを見た人から「あんなに本気でやりたいのだったら、この土地を使っていいよ」という話がきて、土地を借りられるようになったんです。

それと、開発公社で研修をしているうちに、高知県の事業で「土地付きレンタルハウス制度」という制度があるのを知ったんです

「土地付きレンタルハウス制度」というのは、ハウスを建てるときに、その資金を「県が3分の1」「市町村が3分の1」「農協が3分の1」、負担するんです。ハウスを利用する農家は、農協が負担した3分の1を、10年かけて返済していくんです。

僕としては、初期投資をほとんどせずに、ハウスを建てられるんです。後々に払うお金も、実際にかかったお金の3分の1だけで済むんです。

制度を利用し、12アールのハウスを建てて、ミョウガ栽培を始めました。






Q.15 栽培作物としてミョウガを選んだ理由は、何ですか。

僕は何もミョウガを作りたくて就農したわけではないんですが。

当時、レンタルハウス制度を使うのに、ミョウガかシシトウか、などという栽培作物に対する条件があったんです。その中で、自分の欲しい金額と、労働時間に合うものが、ミョウガでした。当時はミョウガの価格が高かったですから。



Q.16 ミョウガ栽培をしていたときの、経営状況を教えてください。

就農当初は、ミョウガの価格が高く、経営状態は良かったんです。

作業が忙しいのは年間4ヶ月くらいで、農閑期には1ヶ月くらいの暇がとれて、それで、12アールのハウスで700万円くらいの売上があったんです。

売上の700万円から、レンタルハウス代の返済である100万円と、重油代を払ったとしても、500万円以上は、自分の手元に残っていました。

だから、最初は面白かったですよ。こんなに良い職業は他にないと思いました。毎週、1週間で出荷したミョウガの代金が、何十万円と入ってくるんですから。

200グラムのミョウガを4つまとめて、1箱にするんです。ときには、その1箱が1万円したときも、ありました。ミョウガ200グラムが、2500円で売れているんですよ。当時は、ミョウガの価格は高かったんです。

就農後3年くらいは、年間売上が700~800万円だったんですが、だんだんミョウガの価格が下落していき、その後の年間売上は500万円くらいになりました。また、その頃から、重油もどんどん高くなっていきました。

ミョウガは最低温度が、冬でも22度はないといけないですから、12月から翌年の6月くらいまで、重油を焚くんです。重油代が約200万円かかります。
1年間作るだけで、合計250万円くらいの経費はかかるんです。そんな状況で、ミョウガの価格が下落しましたから、どうしたものかと思っていたんです。

そういう状況の中、就農して6年目に、台風でハウスのビニールが壊れて、ミョウガが水浸しになってしまったんです。水浸しになったことによって、ミョウガが根茎腐敗病になってしまいました。根茎腐敗病は土壌の病気なので、臭化メチルという農薬が使えないと、なかなか克服できないんです。ですが、ちょうどそのころ、臭化メチルが農薬規制によって使えなくなったんです。

ちょうど農薬規制が厳しくなってきた時期で、それまで使えていた臭化メチルが、ミョウガには使えなくなったんです。臭化メチルは、今ではショウガくらいでしか使えないと思います。

そういうことが起きて、ミョウガがだめになってしまいました。価格も下がっていましたから、農業で生計を立てるというのはやめて、土佐山庁舎の臨時職員になって、宿直員をしながら、何とか生活費を稼ぐことにしました。



Q.17 ミョウガの価格が下がった理由は、何ですか。

「園芸こうちパワーアップ戦略会議」という組織が、高知県にはあるんですが、その戦略において、高知県の須崎市周辺を、ミョウガの産地として売り出していこうという方針が決まったんです。土地付きレンタルハウス制度が、須崎市でも利用できるようになりました。

もともと土地付きレンタルハウス制度というのは、中山間地だけで利用できる制度でした。だから僕は、中山間地である土佐山村で就農したんです。

それが、「園芸こうちパワーアップ戦略会議」の方針によって、須崎市をミョウガ産地にすることになりましたから、須崎市のような平野地帯でも、土地付きレンタルハウス制度が使えるようになったんです。

須崎のほうで、合計面積16ヘクタール(1600アール)のミョウガ栽培用ハウスを建てようということになり、須崎にたくさんの、立派なハウスが建ったんです。

しかも、僕が建てたときよりも安い値段で建てたんです。こういうことは、地域の農協の力の入れ具合とかで、全然違ってくる話になってくるんですけれど。

須崎に大規模なミョウガ産地を作り、生産量が増えたことによって、高知県のミョウガの価格が大暴落したんです。最初は、須崎産のミョウガなんてほとんど無かったんですが、今は高知県全体の60%くらいが須崎産です。



Q.18 ミョウガ栽培がうまくいかなくなった原因は、県にもあると思いますか。

「レンタルハウス制度を使って、ミョウガで経営できますよ」と薦めた県にも責任があるだろうと思います。

当時は、夫婦2人で12アールのミョウガ栽培をするというのが、経営モデルだったんです。それぐらい、当時は価格が良かったんです。でも今は、あっさり経営モデルが20アールくらいに変わっています。

僕らは中山間地で、ハウスを増やしたくても、簡単に面積は増やせないんです。須崎のようは平地ではないですから。山と平地を同じ土俵で競争させたのは、県なんです。

須崎の人は、他のミョウガ産地は、潰したいんです。自分たちは、大規模なハウスで大量に生産できますから、今は安値でも、自分たちは堪えて、よその産地を潰せば、ミョウガの舞台に自分たちしかいなくなります。他を潰すために、今は安くても構わないと、須崎の人たちは言うんです。それを、堂々と言うんです。

土佐山でも、僕と同じようにミョウガをやって、失敗した人が何人かいるんです。ほとんどが、経営力の弱い、新規就農の人です。外部から来た人か、もともと土佐山に住んでいても、農業をしていなかった人たちです。僕も含め、そういう人たちは、経営の柱がハウスしかありませんから、ある一つの作物の価格が悪くなると、失敗してしまいます。何だか、県からの詐欺に合った気分ですね。

行政がやれと言うものをやって、成功することは無いですね。例えば、40年前に山に植林して、今は大失敗になっているじゃないですか。須崎の人も、そのうち失敗して、借金まみれになるんじゃないかと思います。

でも、借金まみれになっても、僕らは I ターンだから、まだいいんです。金が無いと開き直って、謝れば、何とか済む部分があるんです。それは、良くないんですけれど、取りあげるものが無いですから。

ただ、もともと土地に住んでいて、先祖伝来の田畑とか、家屋とか、ものを持っている人は、それを取られちゃうから、きついなと思います。



Q.19 ミョウガをやっていたときの、売上額と、売り先を教えてください。

売上は、1年目から3年目までは、700~800万円くらいです。

4年目・5年目は、ミョウガの価格が下がり、売上は500万円くらいになりました。台風で、ミョウガが全滅した6年目の売上は、200万円くらいしかありませんでした。

売上の上下はありますが、ミョウガの収量自体は、全然変わりませんでした。
毎年、3.5トン~4トンくらいは、出荷していたんです。

売り先は、最初は農協経由の、系統出荷でした。最初は、作れば売れたので、販売に関する悩みは無かったんです。作れば売れて、お金は回っていましたから。

ミョウガの価格が下がったので、4~6年目は、系統出荷以外も出していて、その売上が200万円くらいありました。民間の会社に、出していました。それがあったから、市場価格が下がっても、何とか持ちこたえることが出来ました。

民間の会社を通せば、そこそこの価格で売れるのに、農協・園芸連を通す系統出荷だと、安い価格なんです。しかも、送料とかの経費は、園芸連のほうが、かからないんですよ。なのに、安い価格でしか買わない。それが分かりませんね。

ミョウガは、液肥もどんどんやります。1年作るだけで、重油代、電気代などが200万円くらい、レンタルハウス代が100万円、合計300万円くらいの経費がかかります。台風が来て、だめになった年は、経費だけで250万円くらいかけて、やっとミョウガが採れ始めて1ヶ月したところで台風が来たんです。

ミョウガのように、経費をかけて失敗したら、痛みが大きすぎます。もうちょっと、売上は低くても、経費のかからない作物のほうが、いいと思いました。

当時、ミョウガの価格も下がっていましたし。それに加え、台風でだめになったことで、12アールのハウスを生活の柱にするのを、あきらめました。



Q.20 ミョウガ栽培をやめた後の、農業経営について教えてください。

ミョウガをやめようと思いましたが、他の作物を作った経験は、ありません。土佐山の作物は、ミョウガの他には、花か、シシトウしか、無かったんです。

花をやるには、予冷庫という設備が要りますし、球根代がかかります。

シシトウは、寝ないでパック詰めをする仕事です。パック詰め作業を共同出荷場に依託してしまうと、手元に売上が残らないんです。全部、自分でパック詰めをすれば、お金が残るんです。シシトウは儲かると話す人もいますが、自分の人件費をただと計算して、儲かったとか、損したという話になっているんです。

結局、ミョウガがだめになった後は、しばらくナスをやっていました。

その後、2005年に、トマト栽培をやらないかと誘ってくれる方がいて、その方のところで、トマト栽培を2005年末まで続けていました。

そういう縁があったので、その後、自分の12アールのハウスでも、トマトを栽培しています。でも、僕のトマトは、そんなに美味しくないんです。

それは何でかといったら、夏場に美味しいトマトを作るには、涼しい、標高の高いところでやらないといけないんです。僕のハウスは標高200メートルくらいですから、夏に涼しくなくて、美味しいものが作れないんです。

冬場に作るのも、難しいんです。高知県の冬場のトマトは、高知市の徳谷地区や薊野地区ほうが、日照はありますし、低い温度でゆっくり育てるので、美味しいトマトが出来るんです。土佐山は、東にも西にも山があります。冬場にトマトを作ったら美味しいのは分かっていますが、冬場だと10時から16時までしか日照が無い土地なので、それでは、あまりにも無駄です。

夏場には涼しくないし、冬場には日照が無いし。美味しいトマトを作るには条件が悪い土地なんです。

味で差がない以上、他の部分で差をつけるしか、ないんです。エコファーマーを取っているとか。そういう部分で、差をつけるしか、ないと思います。

トマトの売り先は、農協ではなく、民間の会社に卸しています。会社から求められる生産履歴を厳しくチェックしたり、本社に説明に行ったり、そういうことは何度もしました。



Q.21 現在の農業形態について、教えてください。

以前は、ハウス全部でトマトをやっていたんです。しかし、去年1人でトマトをやっていて、きつかったので、今年からトマトはハウスの3分の1にしました。
残りの3分の1でルバーブを、3分の1でパプリカを栽培しています。

今年は、トマトはうまくいったと思います。トマトの面積を減らしたことと、トマトを作り始めて3年目になり、そこそこ作り方が分かったということで、うまくいったんだと思います。

現在も順調にというか、損はしない程度で、やっています。でも、トマトをハウス全部でやっていたら、手も足りなかったし、世話もしきれなかったので、うまくいかなかったでしょうけれど。

ルバーブというのは、ハーブの一種です。ジャムやケーキ、ジュースなどとして利用するハーブです。僕の親が、土佐山でパン屋をやっているので、そこでジャムにしてもらったりしているんです。葉物野菜を作っている感覚です。2ヶ月に1回くらい、収穫します。

パプリカは、失敗しました。稲刈りの季節に、2週間、収穫だけの世話しか出来なかったんですが、その間にヨトウムシがわきました。

防虫ネットもやっているんですが、ネットの目も荒いので、なかなか虫を防ぐのも難しいなと思います。



Q.22 農業について、将来の目標は、ありますか。

早いうちに、レンタルハウスや、ミョウガをやっていたときの重油の借金を返して、少しでも家計の足しになる農業に転換することが、第一です。

それが出来たら、今度は、自分のやりたい方向の農業にいきたいです。今も減農薬栽培をしているんですけれど、それを、もう少し進めていきたいです。

といっても、減農薬に、特に思い入れがあってやっているわけでは、ないんです。農薬をあまり買わないから、結果的に減農薬になっているだけなんです。

理想の農業というのも、前はあったんですけれどね。最初は、鶏をしたいと思っていたんです。鶏は、始めるのに資金が要りますから、お金が出来てから、やろうと思っています。だから、ミョウガで儲けてから、ニワトリをやろうと思っていたら、ミョウガで失敗しちゃったんです。

ここ5年くらいは、先が無いなと思いながら、やっている状態です。今は、とにかく続けていくということが、一番大切だと思うんです。ちょっと儲かっても、浮かれたらいけませんね。

僕も、昔に儲けたときには、調子に乗っていました。そのときは、周りの人も儲けていたので、浮かれても、そんなに目立たなかったですけれど。

今、儲かっていて浮かれている人もいるでしょうが、そういう人を見ると、昔の自分を見ているようで、危ないなと思います。




Q.23 就農前に農業に抱いていたイメージは、農業を始めてみて変わりましたか。

就農当初は、こんなに良い仕事は無いと思っていました。通帳に、毎週どんどんお金が入ってくるんです。こんな面白いことは無いと思いました。

その後は、県の戦略に振り回されて、価格が下落していき、重油は高くなっていきました。ミョウガが、あまり経済的に良い作物では、なくなったんです。

作業的には、農業は、割とつまらない単純作業の繰り返しですよね。僕は、もともと農業というのは、そんなものだと思っていました。毎日、いろんなことがあって楽しいという仕事だとは、思っていなかったです。



Q.24 就農前の仕事・学業などの経験で、農業に役立っていることは、ありますか。

就農前に大したことをしていなかったので、特に無いです。



Q.25 農業を始めて、肉体的なきつさは、ありましたか。

ミョウガをやるには、バーク堆肥を10トンくらい入れなきゃいけないんです。10トンのバーク堆肥をハウスに入れる作業は、暑くて重いし、大変だと思いました。

今でも、40度のハウスにいなきゃいけないから大変というのは、あります。でも、ある程度は、どんな仕事でも似たりよったりだと思いますから。農業だからきつかった、ということは、無いです。



Q.26 農業研修は、役に立ちましたか。

土佐山開発公社で習った技術が何かの役に立ったということは、全然無いです。習わなくても作れるという部分が多かったですから。普通の野菜を普通の時期に作るのは、そんなに難しくないです。

研修生となって、役に立ったのは、農業技術というよりも、自分のことを地域に覚えてもらえたということです。地域に顔を売る、お付き合いをする期間があったという意味では、役に立ちました。



Q.27 研修中の収入は、ありましたか。

ありました。1日に7000円もらっていました。月に20日間の研修をやって、14万円くらいです。

僕は、当時の開発公社の局長さんに気に入ってもらって、研修生という形ではなく、作業員という形で入れてもらったんです。



Q.28 1年間という研修期間は、長いと思いますか、短いと思いますか。

ちょうどいいんじゃないでしょうか。地域としても、その人が本当にやるのかどうかを見るために、ちょうどいい期間だと思います。

僕の後にも、土佐山に研修生は、ときどき来るんです。でも、飽きて帰っちゃうんです。農業は、それほど面白くないですから。日がな一日、収穫して、樹の世話をしてという、単純作業の繰り返しです。

そういう作業に、どうしても性格的に向かない人たちは飽きちゃいます。みんな最初は格好よく、熱意のあることは言いますけれどね。

そういう人たちもいますから、地域の人が判断する期間としても、1年くらいがいいのかなと思います。

僕が1年間で研修を切り上げた理由は、ハウスをやれるようになったから研修をやめただけです。



Q.29 資金の借入は、しましたか。

土地付きレンタルハウス制度以外は、何もしていません。



Q.30 土地付きレンタルハウス制度について、詳しく教えてください。

土地付きレンタルハウス制度だと、初期に自己資金が無くても、ハウスを持って、農業を始めることが出来たんです。

ハウスの資金の3分の1だけを自分で負担し、10年かけて返却します。1年の返却額は、僕の12アールのハウスだと、最初が120万円くらいで、今が80万円くらいです。僕は、途中から支払いが止まっているんですが。ちょこちょこは払っているんですけれどね。

払い終わったら、土地は地主さんのものですが、ハウス自体は自分のものになるんです。

土地付きレンタルハウス制度も、おかしなところは、いろいろとありました。例えば、ハウスを建てるのには、業者は決められているんです。ハウスメーカーはたくさんあるのに、レンタルハウス制度の要項に、指定された商品名まで書いてあったんです。この商品を使わないと、制度は使えないということです。談合じゃないかと思いましたよ。

いろいろ調べてみると、指定されたハウスは、経済連を通って、農協を通って、あちこちでマージンをとっているんです。はるかに元の値段より高くなっているんです。でも、制度を使うなら、その商品を買わなくちゃいけない。それはおかしいと文句を言っていたら、今は変わって、商品名は消えましたけれど。



Q.31 農業に使う自己資金は、ありましたか。

最初は、軽トラを買ったりするぐらいの、100万円くらいだけでした。



Q.32 農業関係で、大きなものは、どのようなものを購入しましたか。

僕が買ったのは、軽トラと、小型耕運機の「こまめ」ぐらいです。
あと、機械が必要なときは、周りの人に借りて、今もやっているんです。



Q.33 経営面で苦労したことは、ありますか。

ミョウガをやっていた初期のころは、価格も良かったし、作って農協に出していればお金になったので、経営について、特に苦労はしていません。

でも今は、僕は生産組合をやめて、自分1人でやっているものですから、販売についても考えないといけません。

今年も、トマトを作りはじめる前に、知り合いの仲卸と話をして「僕は今年、こういうものを作るので、よろしくお願いします」と言ってから、作りはじめます。
そんなに苦労というほどのものではないですけれど。トマトも、最初は中玉をやって、去年はミニトマトをやって、今年は大玉にしたんです。それも、仲卸の人と相談しながら、変えていきました。

販売にしても、ある程度以上の品質のものを、そんなに高望みしない値段で持っていけば、大体は買ってくれます。作物が良くないのに、高望みした値段を言っても、買ってくれません。それはどんな商品でも一緒だと思います。

業者のところに、そういう話をしに行くのが、僕はそんなに苦じゃないから、「生産組合をやめてもやっていけるんだ」と言われますけれど。普通の農家は、そんなのが嫌だから生産組合にいて、販売には手をつけないんでしょうね。

農業は、自営業で、自分が事業主のはずなんですが。販売先が、農協経由の系統出荷しかなければ、農家は農協に首根っこを抑えられます。

ひどいところになると、「農協に出荷するのだったら、肥料も農協から買わなきゃ許さんぞ」と言われるとか。系統出荷をしたら、農家は、農協の子会社みたいになりますよね。それは、地域によって違うでしょうけれど。

そういう農家は、農協が親玉という感じで、農協の顔色を伺いながら、農業をやっているんです。本来は、自分が事業主であるはずなのに。そういう状態は、あまり面白くないですよね。

僕は、そういうことを思っていたんです。だから、生産組合を脱退して、自分で販売していくことは、そんなに苦じゃないです。



Q.34 農協出荷と、オリジナルの販売先への出荷と、違いはどのようなことですか。

系統出荷をすれば、いろいろなところが間に入りますから、価格は安くなるというだけですね。自分で販売先を構えたら、間が少ないというだけです。

僕は、ハウスが12アールだから、自分で販売することが出来ますが、もっと広かったら、無理だと思うんです。自分では、捌ききれません。

系統出荷じゃない人といっても、いろいろあります。ある特定の売り先とだけ取引しているのだったら、そこにべったりくっついてやっているだけですから、農協出荷と、そんなに変わらないんじゃないかと思います。

その取引先と付き合い続けられるというのも、一つの才能だと思いますけれど。取引先によっては、農家が、卸売会社の子会社という感じで、注文を受けて生産するだけの、絶対服従の関係になってしまうこともあります。そうなると、やはり事業主じゃないですよね。現地法人というか、生産して送るだけの存在になってしまいます。

それだと、事業主である農業の面白さが無いと思うんです。農協に出しているのと、大差なくなってしまいます。


Q.35 農協について、どう思いますか。

農協は、もともと農家の集まりの組合だったのが、今は、完全に違う組織になっているでしょうね。農協の職員が生活するために、農協があるんでしょう。

高知周辺の、個々の農協についての印象はありますが、農協全体についてどうかと問われたら、それは、よく分かりません。周囲の個々の農協についてなら、言うことは出来ます。

例えば、JA高知市は、はっきりと「金融と共済で儲けているんだから、農協を、営農のあてにするな」と言っているんです。じゃあ、農協をやめて信用組合になればいいと思いますが。

JA高知市は、高知市周辺部の農地が宅地になって、地価が上がって、農家が地主になったから、儲けているんです。JA高知市は、農業で儲かって組合が強くなったのではなくて、土地ころがしによって、儲かったんです。地主になった人たちの、お金を運用したり、保険に入ってもらったりという事業で、儲けているんです。営農指導・購買などは、赤字だからやらないと、はっきり言っているんです。仕事としては、もう農協じゃないですね。それなら、農協という看板は、やめてしまえと思います。

土地によって、ずいぶん、農協の形態も違います。山間部のJA土佐れいほくだと、人間の数が少ないし、土地は山ばかりですし、何もしようがないんです。
金融・共済もだめですし、農業の売上もしれたものですから。

JA土佐くろしおみたいに、ガンガン儲けて、うちの農協だけが生き残ればいいというスタイルでやっているところもあります。

南国市だと、JA南国市とJA長岡があるんです。もともと、南国市にはいろんな農協があって、JA長岡以外が合併してJA南国になったんです。JA長岡は、温泉を掘ったりして、財務が強いから、独立してやっているんです。JA長岡は、南国市の中でも、一番いい土地を持っていますから、園芸でやっていけるんですよね。しっかり、農家の面倒も見てくれるんです。

農家の面倒をきちんと見られる農協は、少ないと思います。農協に限らず、県自体も、そうなんです。僕が「12アールのハウスで、坪3万円の売上があがる作物を教えてくれ」と言っても、何もないんです。それくらいの売上がある作物がないと、経費を200万円くらい払った上で、生活することが出来ないんです。そういう作物が、今は何もないんです。普及センターも、そういう作物は見つけてきません。みんながみんな、農業の仕事をしていないなと思います。

また、JAグループというのは、莫大な顧客預金残高を持っているんです。郵便局の次に大きい銀行だと思います。でも、守られているから、お金の管理なんかも、ぬるいんです。何で守られているかといったら、農業の世話をしているからだと言いますけれど、実際は農業の世話なんかしていないですね。

僕は、ミョウガをやっているときも、肥料は自分で買っていたから、農協と付き合っていて利点を感じたことは、無いですね。農協が無くなっても、何も困らないです。

未だに農協というのは、作物が売れない理由を、「占有率が低いからだ」と言います。もっと量を作って1年中安定して供給することが信頼につながる、と言うんです。でも、占有率ナンバーワンで、年間供給しているミョウガが、現に売れないんです。だから、途中から僕は、農協に黙って直販も、やり始めたんです。

そうしたら、そこそこの値段で売れるんですよ。系統出荷という売り方では、やっていくのは無理だなと思ったんです。



Q.36 おすすめの農作業グッズは、何かありますか。

静電噴口(せいでんふんこう)です。静電気で農薬をかける機械なんです。
これは、めったにものを買わない僕が買ったくらい、良いものです。

普通に農薬を散布していると、どうしても葉面から落ちてしまう農薬が多くなるんですが、静電噴口で農薬散布すれば、静電気を帯びているので、葉面にぴったりと付くんです。農薬の量も減らせますし、とてもいいと思います。



Q.37 自然災害で大きな被害を受けたことは、ありますか。

ミョウガをやめることになった、台風だけですね。もし台風がなかったら、今もまだミョウガをやっていると思います。

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Q.38 自然災害に備えて、保険に入っていますか。

農協の共済(NOSAI)には入っていたので、台風の被害のときも、ビニールの張り替えは出来ました。



Q.39 好きな農作物・嫌いな農作物は、ありますか。

今、トマトをやっている理由も、特にありません。トマトをやっている人に誘われたことがきっかけで、トマトをやっているだけです。

ミョウガをやっているときに思ったのは、美味しくもないものを作るのは、面白くないと思っていたんです。ミョウガって、薬味のほかに使いようも無いんですよね。人にあげても、喜ばれないですし。好きだからといって、ミョウガだけ何キロも食べられるものじゃ、ありませんから。

トマトだと、特別美味しくなくても、そのまま食べられるじゃないですか。トマトジャムや、トマトゼリーにすることも出来ますし。その点は、トマトのほうがいいですね。





Q.40 地域社会に溶け込むために、気をつけていることは、ありますか。

今は、会によって選んで、行ったり行かなかったりしますけれど、最初は、呼ばれた会には全部行きました。僕のように、若い人は、いろんな役を頼まれたりするんですけれど、そういうのは全部受けました。忙しいということを言い訳にしませんでした。

土佐山には、僕よりちょっと上の世代の人が、残っているんです。そういう人が役を断っていないのに、まだ子供もいない若い男が断るわけにいきませんから。

でも、地域に好かれなきゃやっていけないかといったら、そんなことはないと思うんです。地域に嫌われても、やっていける人は、やっていけるでしょうから。
地域に入って、常にニコニコしなきゃいけないとも、思いません。田舎での人間関係が、農業にとって障害になるようなことは、あまりないと思います。

同じやり方の農業が無いように、同じ暮らし方が出来るわけじゃないですから。
けれど、僕が、ほとんど農機具を持たないでも、人から借りてやることができたのは、ちゃんと地域に溶け込んで、顔を売ってきたからだと思います。

僕は就農3年目で、農業委員も2期、やらせてもらいました。地域に溶け込んで、道具も借りることが出来たので、いろいろな会や役をやって、損をしたとは思っていません。唯一嫌だったのは、飲み会が多いから太ったくらいですね。(笑)

移住者も緊張しますけれど、地域の人も緊張しているんですよ。転校生が来たときも、そうだと思いますけれど、転校生も緊張するけれど、受け入れる側は、もっと緊張しているんです。しかも、この地域は、今まで転校生なんか来たことない所なんですから。(笑)



Q.41 地域の風習やしきたりで困ったことは、ありましたか。

特定の宗教をやっている人だったら、困ることもあると思います。どうしても、農業と、神道の祀りごとはセットになっていることが多いですから。それも、付き合わなくても、やっていけるんでしょうけれど。嫌だったら、出なきゃいいだけのことですから。

完全に嫌われると、どうなるかというのは、分かりません。たしかに、村八分みたいになっている人もいますけれど。だからといって、そういう人が村から出て行くわけじゃないですし。人付き合いに関しては、そんなに気にすることは無いと思います。



Q.42 都会の人と、この地域の人の違いを、感じることはありますか。

それは無いです。都会の人との違いというより、人はみんな違うんだから、違うのはしょうがないというだけの話です。田舎の人だから、都会の人だからというのは、あまり無いです。田舎の人ほうが飲むとか、都会の人のほうが話が早いとか、そういうのは、ありますけれど。



Q.43 買い物の不便とか、病院が近くにないから不安ということは、ありますか。

ここから高知市内の病院までは、車で15分くらいです。その15分を、遠いと思うかは、人それぞれでしょうけれど。距離はありますが、途中に信号が無いから、時間は早いですしね。免許が無いと、絶対に無理ですけれど。

都会で暮らす不便さから比べたら、全然不便じゃないと思うんです。都会の人は、都会は便利だ便利だと言いますけれど。本当に便利だったら、通勤ラッシュで、あんなに不機嫌そうな顔は、しないでしょう。

ときどき、東京に行ったときに、思うんですけれど。朝、電車の中で子供がちょっと泣いただけで、嫌そうな顔をして、席も譲らないですし。都会は便利だと言いますけれど、全然便利じゃないですよね。

電車が5分に1本来るから便利だとも言いますけれど、じゃあ、電車に乗るためにどれだけ歩くんだよ、と。駅の中でも、えらく歩かされるじゃないですか。

そういうことが、東京にいたときは普通だと思っていましたけれど、今、東京に行くと、とてもその距離が遠く感じて、嫌なんですよね。僕は、そっちのほうが耐えられないです。

都会で暮らしている、同い年くらいの人を見ていると、駅からバスに乗って、バス停からまた歩いて、狭い家に住んでいるでしょう。そういう点は、田舎のほうが、ずっといいですよね。



Q.44 都会のほうが良いことは、どのようなことがありますか。

前は、欲しいものがすぐに買えるということで、都会のほうが良いと思っていたんです。でも、今はインターネットで何でも買えますからね。

都会のほうがいいのは、遊ぶところが近いというくらいです。高知だと、イオンくらいしか行くところがありませんから。

僕はもともと、いろんな物が欲しいと思うほうじゃないですから。都会じゃないと困る、ということは、無いです。



Q.45 この地域で子育てするにあたり、いい点はどのようなことですか。

今、僕の子供は小学生ですが、町で子供を育てるのと比べたら、地域の人がみんなで見てくれますね。農村では、結(ゆい)が残っているんです。

「結」というのは、助け合いのための組織みたいなものです。例えば、ハウスのビニール張りとかは、1人で出来る作業じゃないんです。そういう作業は、自分も手伝うし、自分も手伝ってもらう。助け合いをするんです。互助精神というか。基本的には、お金に換算しない、仕事は仕事で返すというつながりなんです。

そういう「結」もあるし、子供を地域みんなで育ててもらっているという感じがします。それは良いことだと思います。



Q.46 この地域で子育てするにあたり、悪い点はどのようなことですか。

勉強は間違いなく、都会の子のほうが、出来るでしょう。どっちが幸せかは、分からないですけれど。



Q.47 この地域に、都会の人が住む場合どのように家を手に入れたらいいですか。

土佐山には市営住宅がありますし、空きもありますから、入れると思います。
どこでも、町営住宅や市営住宅が、あると思います。

どうしても、その土地でやりたいという、特定の希望移住先がある人は、あまりいないと思うんです。そういう希望が無いのなら、「住宅が空いていますよ」と言ってくれるところに行ったほうが、早いと思います。



Q.48 田舎暮らしの良い点は、どのようなことですか。

当然、家賃は安いですよね。野菜なんかも、自分で食べる分は作れますし、周りの人もくれますよね。そういうところは、田舎のいいところだと思いますね。

それと、土佐山のいいところは、地域で極端に固まってはいないんです。というのは、土佐山には学校が中学校までしかなくて、高校は高知市に通うんです。ですから、市内にも人間関係が広がっている人がいますから。町に高校が一つしかなくて、みんなそこの高校の卒業生で、一生、先輩後輩関係を引きずっていくような地域よりは、土佐山は固まっていなくて、いいなと思いました。

面白いことに、今、土佐山に1000人くらい人がいますけれど、800人くらいは僕のことを知っていると思うんです。でも、都会で、1000人くらいの会社に入社して、800人に知られている人は、そんなにいないですよね。それは、面白いなと思います。



Q.49 移住先を探すにあたり、何か注意することは、ありますか。

あまり分からないですね。嫌だったら次のところに引っ越せばいいと思います。
それが、I ターン者の利点だと思います。出ていって、その土地の人に笑われたとしても、そんな人とは一生会わないんだから、別に構わないと思います。

まあ、自分は良くても、次にその土地に来た人が「前に来た奴はすぐに逃げていなくなったから、お前もそうだろう」という、悪いイメージをもたれてしまいますよね。そうならないようにするべきだとは、思いますけれど。

でも、地域のために暮らしているわけじゃないですから。結果的に、自分の家族が生活していければ、問題ないと思います。



Q.50 就農するにあたり、農業の勉強・研修は必要だと思いますか。

要らないと思います。農業高校を出ても、失敗する人は失敗します。それに、何品目も作るんじゃないんですから。一つの作物を作るのなら、作れますよ。

性格によると思います。分からないときに、人に聞きにいけるかどうか。でも、その地域で、ある作物を作っている人が自分1人だけだったら、分からないときに聞くことが出来ませんから。そういう作物は、あまり選ばないことです。

研修をしなければ出来ないような作物は、無いと思うんです。誰でも、自分の庭でキュウリやナスでも作れるんですから。

僕もミョウガをやるにあたり、ミョウガ農家さんに何回か行かせてはもらいました。自分でやってみて、分からなかったら、人に見に来てもらったりして、教わりながらやればいいんです。1年くらいしたら、自分の土地の特色が分かってきます。

違う土地条件のところに研修に行っても、意味ないですよね。僕が、平地でトマトをやっている人のところに教わりに行っても、こことは日照時間が違いますし、全然意味がないんです。農業の勉強は、その土地で住みながら、記録をとって、学んでいくことだと思います。



Q.51 新規就農する場合、何歳までにやったらいいと思いますか。

40歳までじゃないですか。50歳から農業を始める人もいますけれど、それは農業というより、遊びに来ているというレベルですよね。どうしても、農業が生活の柱にはなりませんよね。



Q.52 自己資金は、どれくらい必要だと思いますか。

自己資金については、よく聞かれますが、資金がいくらあっても、あまり関係ないと思うんです。何千万円も自己資金を持ってきても、失敗してしまった人も、いますから。

それは、その人が不真面目だったとか、性格が良くなかったとか、そんなことではないと思います。そんなことでうまくいく、いかないが決まるわけは、ないです。農業では、自然環境とか、人間の及ばない部分の影響も、大きいですから。



Q.53 自己資金が無くても、農業を始めることは、出来ますか。

農業を始めても、いきなりお金になるわけじゃないですから。都会で仕事をしていなくて、お金もなくて、それでいて田舎で農業をやりたいという人には、「無理」と言います。

自己資金はゼロでも、土地を借りて農業をはじめることは出来るでしょうけれど、生活費はどうしても要るでしょう。作物がお金になるまで、1年もかかっていたら、お金も無くなっていきます。自己資金も、準備もなしに、田舎で農業をやりたいという人は、何となく「逃げ」で来ている人だと思います。いろいろな人と話しましたが、逃げで来る人が、一番多いですね。

都会でうまくいかなかったから田舎に来たいという人は、難しいです。でも、逆に、都会で成功していたから田舎でも成功するかというと、それも違います。

田舎暮らしに憧れすぎて、ユートピアだと思っている人も、無理だと思います。
都会で暮らしていても、嫌なこともあるし、田舎でも、嫌なことはあります。どこにでも嫌なことはありますし、都会も田舎も変わりませんよ。



Q.54 新規就農者が栽培作物を選ぶにあたり、注意することはありますか。

金になるのは薦められるし、金にならないのは薦められないというだけです。
今の僕の意見を言うのなら、米が一番いいです。価格は、今はだめですけれど。

米のいいところは、4カ月で採れるということです。4カ月でお金になる作物は、あまり無いです。米は日本の気候に一番適しているし、機械化もされていますし、品種も強いです。無農薬で米をやっている人もいますけれど、米の無農薬は、一番簡単です。一番作りやすいから、米をやっている人が多いんです。

僕が手伝っている農家の人も、僕と農家さんの2人だけで、5ヘクタール(500アール)やっています。それは、機械があるから出来ることです。植えるのは田植機が植えますし、刈るのはコンバインがやりますから。

5ヘクタールくらいやると、そこそこのお金が残ってくるから、田んぼが一番いいなと思いますね。



Q.55 農業を始めても役に立つ、前職の職業・資格・特技などは、何かありますか。

特に無いと思います。最近は、インターネットで売るという話も、よく聞きますが、それもあまり必要ないと思います。

四万十町で、自分が作ったトマトを全部インターネットで売っている人もいますけれど。話を聞いたら、別にインターネットを使わなくても売れるそうですし。インターネットに強いから、インターネットで売る人がいたとしても、その人は、インターネットじゃなくても売れるんです

それに、インターネットで売る力がなくても、仲買さんと仲良く力があれば、それなりの値段で買ってくれますから。

あと、田舎でも出来る副業を持っている人は、いいですね。農業以外でもお金になる技を持っている人は、向いていると思います。やっていけると思います。



Q.56 農業に向いている人は、どのような人ですか。

高知県南国市に、十数年前にIターン就農したMさんという方がいらっしゃるんですが、ああいう人です。「疲れた」という言葉を、知らない人です。寝ないで動いても、疲れない人。そういう人が一番向いていると思います。

僕の知っている中で、真面目にやって成功している新規就農者というのは、Mさんくらいです。就農して十何年経つから、もう新規就農者ではないですけれど。Mさんの偉いのは、周りの土地をどんどん借りて、朝早くから夜遅くまで働きますよね。僕はそんなに土地もないし、働いてもいません。

彼を成功例として、県もPRしたがるんですが、Mさんは例外だと分かっていないんです。みんながMさんになれるわけ、ないんです。Mさんは「おれがやってきたことだから、みんなも出来るはずだ」と言うんだけれど、普通はMさんほど、寝ないで仕事は出来ないんですよ。(笑)

Mさんは「農業をやるために来たんだから、やれるだろう」と言うけれど、それだけじゃ、普通は続かないでしょう。続かないからこそ、唯一、ちゃんと成功したのは彼ぐらいしかいないという現実があるんです。

これは農業だけに限りませんが、普通の常識は必要ですよね。ミョウガをやっていたときには、ハウスに見学に来る人もいたんですが、中には、普通にあいさつも出来ない人もいるんです。あと、いきなり明日から農業をやりたいという勢いで来る人とか。そういうのは、常識が無いですよね。

それと、長靴を持ってこないで来る人もいます。農家はハウスに人を入れたがらないんです。僕は、なるべく入れてあげるようにしますけれど。でも、農家に見学に行くのに、普通の格好で来ていたら、その人は無理だなと思います。

ミョウガは、土壌の病気があったから、新品の長靴で入るか、消毒液に靴をつけてからじゃないと、ハウスに入れないというルールがあるんです。でも、勝手に入ってきちゃうような人もいるし。そういうのは常識の問題ですが。

就農するのに、こういう人はだめというのではなく、ある程度の常識が無い人は、何をやってもだめだろうと思うだけのことです。



Q.57 100人の新規就農希望者がいるとすると、結果、100人中何人が農業で生計を立てられると思いますか。

2人くらいじゃないでしょうか。農業に限らず、田舎で暮らしていく人の割合だったら、もうちょっと高くなると思います。

その100人を、どこに設定するかですよね。農業をやろうと漠然と思っている人が100人だったら、2人しか残らないでしょうし。本気でやりたい人が100人だったら、もっと残るでしょうし。

僕が就農したころには、周りに17人の就農者がいたんです。その中で、ハウスを手放して農業をやめた人が4人います。ハウスはあるけれど、ハウスでは食えていないという、僕みたいな感じの人が5人います。就農後の結果は、そのような感じです。



Q.58 農業を始めて何年くらいしたら、収入が安定すると思いますか。

農業技術は、2年くらいで安定すると思います。僕はミョウガを1年目からちゃんと作れましたし、そういうことは、大したことないと思うんです。2年目からは全部1人で、人に見に来てもらわなくても、作れるようになりましたから。

技術の安定なら、そのくらいですが、収入の安定は分かりません。



Q.59 独身・夫婦・子供連れ、それぞれに新規就農の有利・不利は、ありますか。

2人で来るほうが、信用はしてもらえますよね。独身の人は、逃げていきやすいという感じが、するんでしょうね。

あと、田舎は、農業をするとかよりも、人数が増えることを喜びますから。子供がいれば、いいですね。

子供が5人いて、お金があったら、どこでも好きな土地で就農させてくれますよ。(笑)



Q.60 失敗したという体験は、何かありますか。

ミョウガを、もっと早くやめておけば良かったと思います。価格が落ちはじめたときに、次の作物に移行していれば良かったなと思います。

でも、未だに、ミョウガの次の作物は見つからないんです。でも、ミョウガを続けて借金が広がる前に、やめれば良かったと思います。借金が広がったというのは、重油を焚いたりした、ミョウガを作るために要る経費です。

台風で飛んだ年には、ちょっと盛り返していたんです。その前の2年ほど、ぼつぼつと病気が出ていたんですが、少し盛り返して、病気を抑えかけたかなと思ったときに、台風で水浸しになっちゃったんです。病気は水で移っていくので、あっという間にだめになりましたけれど。

始めて2年くらいは、とても良かったんです。あれが毎年続くと思っていたから、その儲けたお金で遊んじゃったんです。貯めておけば良かったと思います。

就農してからの資金繰り計画を、きちんと作っていたら良かったと思います。



Q.61 成功したという体験は、何かありますか。

最初の2年だけに限れば、ミョウガで農業を始めたことが成功です。4カ月くらいしか働かないのに、500万円近くが手に入るんですから。4カ月は、収穫と出荷で、すごく忙しかったですけれど、あとは準備期間ですから。年に4カ月しか、まともに働いていないのに、そんなことがあるのかと思いました。

何でミョウガをやっている人たちが、価格が下がったのに今も続けているかというと、もう1回、ミョウガの高騰が来るかもしれないと思っているんです。儲けた味を知っているから、やめられないんです。だから、僕もミョウガを何年もやっていたんです。

それに、ミョウガ用のハウスは、ミョウガ用に造られていますから、ほかに転向しにくいんです。施設代を払うにも、ほかの作物では、取り戻せないですから。



Q.62 例えばタイムマシンで就農を決意した時点にまで、今までの経験を踏まえて戻れるなら、どのような方法で就農しますか。

もっと就農資金を借ります。そうしたら余裕が出来ますから。それと、ミョウガはやりませんね。もっと、経費のかからない農業をしようと思います。今も、経費のかからない農業をしようと移行しているところですが、そっちの方向にいこうと思います。

ミョウガよりも、ローリスク・ローリターンの作物をしようと思います。でも、土佐山のような山間地でやるのなら、やっぱりハウスがないと無理だと思います。



Q.63 I ターン就農して良かったことは、どのようなことですか。

農業に関して言えば、収穫するのは面白いし、種をまくのも好きですよ。

もともと僕は、農業がしたくて、田舎に来たんじゃないんです。田舎暮らしをしたかったから、田舎に来たんです。だから、農業で失敗しても、田舎で暮らせているから、まあいいかと思って、耐えられている部分があると思うんです。

現在も田舎暮らしを続けられているのは、良かったことですね。



Q.64 I ターン就農して嫌だったことは、どのようなことですか。

台風でミョウガがだめになったときは、すごく悲しかったです。農業をやめるか、やめないか、考えました。僕の持っているのはハウスが一つだけで、それが全滅したら、あとには借金しか残りませんから。あのときは、本当に、終わったなと思いました。



Q.65 I ターン就農を成功させるために、重要なことは何ですか。

僕は成功していないから、それは分からないです。農業だけじゃないですけれど、起業して成功するにとって重要なのは、人との出会いにおける運と、努力じゃないですかね。

成功するというよりも、失敗しないためには、いろいろな失敗例を前もって学んでから就農すれば、失敗の確率は減るでしょうね。

新規就農者向けのパンフレットなどで、県は成功例を出したがるけれど、それは意味がないと思うんです。成功した人の真似をしても、成功するとは限りません。でも、失敗した人の真似をしたら、失敗しますから。

だから、失敗した人の例を集めなきゃいけないのに、そういう人は地域からいなくなっちゃうでしょう。しかも、県や国は、就農者数のチェックはしていても、離農者数のチェックは、していないんです。

また、農業人フェアなどで来て就農した人なんて、本当に少ないんです。

農業人フェアに来る人の中で、就農した人がどれくらいいるかと、5年くらい前に聞いたら、ゼロだったんです。何で、1人もいなかったかというと、行政としては、確実に大丈夫な人以外は、就農させないんですよ。失敗のしりぬぐいをしたくないですから。「あなたは大丈夫です」と就農させて、その人が失敗したときに、文句を言われたら嫌ですから。ですから、難癖をつけて、やめさせるほうが多いんです。公のルートを通って入ってきた人は、ほとんどいないんです。

みんな結局、裏から入るしか無いんです。このインタビューが、これから就農する人向けなら「今は良くないから無理」というのが、一番です。

良くないというのは、全体に野菜の値段が安いからです。僕が昔やっていたときと、違います。トマトにしても安いです。今は安い値段で固定しています。
農業以外でも、そんなに景気の良い話は聞かないので、そんなものかもしれませんけれど。



Q.66  I ターン就農希望者に、アドバイスはありますか。

僕のところに、新規就農希望者が話を聞きにきたときも、「あなたは無理だと思うから、やめておきなさい」と話すことが、ほとんどです。誰でもやっていけるとは思いませんし、面倒臭いことも多いですから。

田舎暮らしにおいても、都会で人付き合いが出来なかった人は、田舎でもたぶん出来ないと思うんです。

「農業をしたい」とだけ言ってくる人には、もうちょっと考えてきてと言って、帰ってもらうんです。「農業をしたい」とだけ言われても、それは施設園芸をしたいのか、果樹をしたいのか、酪農をしたいのか、分かりません。施設園芸と果樹では、全然違いますから。まずは、やりたい農業を明確にしたほうがいいです。農業をしたいというだけじゃ、漠然としています。

といっても、果樹をしたいとか、牛を飼いたいと言ってくるのは、頭のおかしい人ですよ。果樹は数年かかりますし、牛なんて開業資金が莫大に要りますから。鶏だったらまだしも、牛や豚は、どこでも始められるものでは、ないですし、土地も要りますし、水の問題もありますし。

やりたい農業を聞くと、大抵は、「無農薬で多種多品目を作りたい」と言うんです。僕は、「それは一番お金にならないし、一番仕事時間も長いよ」と言います。何種類も野菜を作ったら、仕事を集約して出来ませんから。

普通は1つの種類しか作らないから、仕事が集約出来るし、一つのものを売り続けるんだから、売るのも楽なんです。多種多品目で作って、近くに消費地があって、そこでさばけるのならいいですけれど。もし四万十川のほうだったら、高知市に来て売り回るのも、大変ですから。

でも、何を言われても、する人はするし、しない人は、しないですから。僕が「やめろ」と言ったのに就農して、ちゃんとやっている人も、現にいますから。

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